第２章 自我論的視点
第３節 自己
１．自己
自己という言葉は、漢字ではいずれも自分を表す「自（みずから）」と「己（おのれ）」からなる。ようするに自己とは自分のことである。「自己」と「自分」を区別するならば、「自分」は「おのれ性」もしくは「みずから性」を表す＜じぶん＞の了解を言語化した概念である。＜じぶん＞の了解と直接的につながっており、人称性を備えている。このことは「自分」が「私」や「僕」などの一人称代名詞の代わりに使用されることに現れている。これにたいして「自己」は「自分」を反省的考察の対象として概念化したものである。「自分」に比べて人称性は乏しく、一人称代名詞として用いられることはない。自己と自分の違いは概念のレベルの相違にすぎず、いずれも発生源としての＜じぶん＞から了解内容が汲み取られていることに変わりはない。
自己は、この世界に生まれて以来、そのつどの状況において現実と関わる。自己が現実と関わることを活動という。ここで活動とは行為の集合である。 行為は、目的の達成に向けて意図的になされる活動の構成単位である。活動は個々の行為によって構成され、措定された目的を達成するために組織的に遂行される。しかしながら活動と行為の区別は相対的なものにすぎず、ある活動において遂行される行為はそれ自体を活動とみなすことができる。この場合、活動とみなされる行為はさらに個々の行為に分解することができる。自己が現実と関わる活動と活動の結果を含めて体験という。自己は、そのときどきの状況において絶えず現実と関わることをとおして体験を積み重ねる。生まれてこのかた、さまざまな出会いや出来事、成功や失敗、喜びや悲しみが体験される。それらの体験はすべて自己の内に累積される。このおびただしい体験の累積の過程で遠い過去の体験は次第に沈んで澱みを形成する。体験の累積が増すにつれて澱みの層も厚みを増す。澱みの底の方はあたかも深海のように意識の光はほとんど届かない。意識の水面下という意味では無意識に属するこの暗部にも了解の測鉛は降りていく。その了解も届かない海底の下には本能がある。本能は遺伝子によって先行世代から受け継いだ生体の機構である。性欲や攻撃欲や破壊欲など欲動として意識される限りで本能も自己の内容をなしている。本能の欲動は海底マグマのように、ひっきりなしに地中から噴き出している。たいていは了解の網に絡めとられて処理されるが、ときには了解の網をすり抜けて一挙に水面上に噴き上げることもある。遠い過去の体験を自己の奥底の澱みとすれば、人称的同一性としての自我はいわばその上澄みである。自己は言語化以前の＜じぶん＞を基調に、自我を頂点として連綿と累積された体験の記憶、過去の体験が沈殿する記憶の澱み、そして記憶の奥底でうごめく本能の欲動からなる重層的な構造をなしている。
自己を精密機械に見立てるならば、複雑な機械を構成している無数の部品がコンピューターに制御されてそれぞれの機能を果たし、与えられた材料から製品を生産する。すべての部品が正常に動作を続けているあいだは順調に生産を続けていても、いろいろな外乱や機械内部の不具合のために異常が生じる危険性はつねにある。そのため機械の保守点検はかたときも欠かせない。しかしどれほど念入りに整備しようとも異常が生じる可能性を完全に封じ込めることはできない。予見できない原因からさまざまな異常が生じ、最悪の場合には機械が故障する。異常が生じたり機械が故障したりしたら、機械のオペレーターは懸命にそれらの原因を探す。原因が特定されたらその対策を考え、相応の措置を講じて機能を修復する。さらにこの一連の経験から学習して、機械の故障を招いた部品なり装置なりの機能を改善することにより機械全体の性能を高める。こうした機械の生産、保守、修復、学習、改善の全プロセスが自己によって制御される。自己は高出力の生産機械のように絶えず活発に動いている。生産が順調に進んでいるときは自己は安心感と満足感に浸っていられる。しかしひとたび機能に異常が生じたら、自己は不安になり焦燥感に包まれる。さらに生産が頓挫すれば自己は深い失望感を味わう。自己は歓喜と絶望を両極端とし、そのあいだをさまざまな振幅で揺れ動いている。自我が人称的同一性としてつねに不変であるのにたいし、自己は絶えず変化している。自我は、この動揺する自己を可能な限り自己同一的なものとして維持する努力をする。動揺の振幅が極端に振れたら、自己は破綻する可能性がある。破綻の可能性を内包しながら動揺する自己は、自我の不断の自己同一化の努力によってかろうじてバランスを保っている。
自己はどんな精密機械と比べてもはるかに複雑である。自己を構成している因子は数限りない。個々の因子が果たす機能について確実にわかっていることは少なく、ましてやそれらの相互作用ということになると、ほとんどが闇に包まれている。自己とはこのような闇の部分を内包したまま、自己を構成する無数の因子と機能と作用を自我のもとに統合するプロセスである。このプロセスが順調に進行しているあいだは全体として調和を保っているが、なんらかの原因で異変が生じると調和は失われ、一時的にせよ自己は破綻する。たとえば「怒りのあまり我を失う」ということは誰にでも起こりうることである。しかし意識的な努力と、意識にほとんどのぼらない自己調整機能との共同作業によって、自己は再び自我のもとに統合される。このような修復がおこなわれないか、または修復に失敗すると、時間が経過しても統合は回復されない。その場合「統合失調」という診断がくだされる。 しかしながら統合失調と正常の境界は明確ではなく連続している。なぜなら自己は一定の調和した状態で固定されたものではなく、無数の因子を不断に統合するプロセスだからである。無数の因子のなかには相反するものや対立するものも含まれて、統合を容易ならざるものにしている。自己は本質的に多かれ少なかれ統合失調の波間に揺れ動いている。人間は自己が自我によって統括されていることによってはじめて人間であることができる。自我によって統括された自己は、そのつどの状況において現実に働きかけ、現実からの反作用を受けて変容をこうむる。自己はこの世に生まれて以来、状況との関わりをとおして形成されるとともにみずから形成する。それゆえ自己は固定したものではなく、自己そのものが時々刻々と実現されるべきものである。自己はあるのではなく、自己になるのである。
2．個人史
あるのではなくなるべきものとしての自己は、そのつどの活動をとおして体験を生み出す。自己はこうして生み出された体験を積み重ねてきた帰結として現に存在する。自己の活動をとおして積み重ねられた体験の軌跡を個人史と呼ぶ。個人史という言葉は、自己は個々の人間が生まれて以来の体験の累積であり、したがってそれ自体において歴史的であることを表している。ここで「歴史的」とは、現在は過去の累積の過程の帰結であるという意味である。個人史として累積された過去の体験の過程は過ぎ去ったことであり、もはや変更はきかない。個人の誕生に先行して存在する環境を「先に在ったこと」として先在的事実と呼ぶのにたいして、個人史は個人の誕生後に起こり「既に在ったこと」として既在的事実と呼ぶ。先在的事実は個人を取り巻く環境の所与性を指すが、既在的事実は個人の内にある体験の積み重ねの記憶である。自己がこの世に生まれてこのかた現実と関わりながら、現にあるとおりの推移をたどってきたのは事実である。それは過ぎ去った体験の軌跡であるから、あとから変更することも回避することもできない。自己がそれまでの人生で積み重ねてきた体験の軌跡は別のようでもありえたはずである。しかし結果としてかくあるように推移したという事実は絶対に打ち消すことができない。個人史の軌跡は、それを望むと望まざるとにかかわらず現にあるとおりであるほかはない。かくあるようにならざるをえなかったという限りで個人史は必然的である。個人史がかくあるようにしかなりえなかった必然性を宿命と呼ぶ。
人間がこの世界に生まれることは根拠のない偶然であり、それゆえ生まれる理由もない。人間はただ偶然この世界に生まれ、それぞれがおかれた環境で生きる。そこには根拠もなければ、根拠によって規定された必然性もない。しかしこの偶然性の大海原にあって、これまでたどってきた個人史の軌跡を宿命として受けとめるとき、おぼろげながら自己の人生の行路が浮かび上がる。そしてその行く末に人生の目的ともいうべきものが明滅する。個人史の軌跡が変更のきかない既在的事実であるのにたいし、人生の目的はそのつどの現在における現実との不断の関わりをとおして近づくべき目標である。それは個人史の終着点にともる灯であり、自己がこれから進むべき人生の軌道を照らし出す。その軌道は個人史の軌跡を引き継いで人生の目的に向かって敷かれている。
自己が人生の目的へと続く軌道に沿って進むとき、自己は本来あるべき自己として実感される。逆に人生の目的に続く軌道から逸脱したり、人生の目的そのものが見失われたりすると、自己は本来あるべき自己から離れる。このとき自己は本来あるべき自己として実感されず、それに代わって自己との不一致が感じられる。自己との不一致とは、現にある自己と本来あるべき自己との間に齟齬があることである。自己がこのような自己との不一致感を覚えるのは、自己がつねに自己を点検しているからである。自己点検において自己が本来あるべき自己であると判定されたら充実感が生まれ、本来あるべき自己と一致しないと判定されたら不全感が生まれる。このような自己点検は必ずしも明確に意識されないが、点検の結果そのものは一方では充実感として、他方では不全感として如実に意識される。だが、このような自己点検は自己のいかなる構造にもとづいて可能なのか。
自己とはなにかを問うとき、自己そのものが反省される。この場合、反省とは自分自身に意識のまなざしを向けて自己を顕在化させることである。このとき自己はまなざしを向ける自己と、まなざしを向けられる自己の二通りの仕方で存在する。いいかえれば自己は反省のまなざしによって見る自己と見られる自己とに分裂する。といっても両者は実体的に切り離されるわけではない。見る自己も見られる自己も、いずれも私自身であることに変わりはない。もし自己が見る自己と見られる自己に分裂した結果、見る自己が私自身でなくなるとしたら、私が自己を見ることにはならない。逆に見る自己と見られる自己に分裂した結果、見られる自己が私自身でなくなるとしたら、私が自己を見ることにはならない。私が自己を見るのでなければ反省そのものが成り立たない。反省において自己が自分自身と向き合うことが可能であるためには、見る自己と見られる自己が相対しながらつねに一体のものであり続けることが必要である。見る自己と見られる自己が相対しながらも一体のものであることを可能にしているのは、自我である。自我は反省のあらゆる局面で、つねに主語の位置を占めている。見ることの主語も、見られることの主語も自我であり、そのことによって見る自己と見られる自己は同一であることが保証されているのである。自己が自分自身と向き合い、それによって見る自己と見られる自己へと分裂する局面で、自我は、いわば蝶番のように両者をつなぎとめて一体のものとしている。あるいはむしろ自我が蝶番の軸として自己を留めているからこそ、自己は見る自己と見られる自己へと展開できるのである。
２．超自我
反省において自己は「私は私の自己を見る」という関係にはいる。自己を見ている私も、私によって見られている自己も、同一の私自身である。しかし「私は私の自己を見る」という関係において見る自己は、見られる自己を超え出ている。反省において自己は見る自己と見られる自己に分裂するが、それは見る自己が見られる自己を超え出ることによって可能である。自己が自己を超え出て自分自身を見るのでなければ反省は成立しない。なぜなら見る自己は見られる自己がなければなにも見ることはなく、また見られる自己は見る自己がなければなにによっても見られることはないからである。ここで自己の分裂を理解しやすくするために、自己を超え出て見る自己を「超自我」と呼ぶことにする。*)
見る自己としての超自我は見られる自己にたいしてさまざまな役割を演じる。あるときは困難に直面してこれを乗り超えようとする自己を勇気づける役、あるときは挑戦に敗れて打ちひしがれた自己を慰める役、またあるときは過ちを犯した自己を弾劾する役。いずれの場合も超自我が自己を観察して、いまある自己の状態について判断をくだす。観察の結果、見られる自己が落胆していると判断すれば超自我は自己を激励する。逆に自己が慢心に陥っていると判断すれば超自我は自己をいましめる。しかし超自我はつねに正義の役回りを演じるわけではない。超自我は悪魔として自己に悪事をそそのかすこともある。その結果、自己が良心の呵責に苦しむことになるならば、こんどは超自我が悪魔ならぬ裁判官として悪事を働いた自己を弾劾する。一方で被告の立場に固定された自己があり、他方で裁判官役に固定された超自我があるのではない。自己と超自我はどちらも自我を母体としており、その限りで両者は一体である。自我のなかに自己と超自我という互いに異質の自我が存在しているのではない。人間がそのつどおかれた状況で自己を反省するときに、自己は自己とそのつどさまざまな立場や役回りをもった超自我へと分極し、しかも両者は頻繁に攻守ところを変えるのである。
自己点検において、自己は監視する自己と監視される自己に分裂している。監視者である超自我は自己が本来あるべき自己でないと判断したら、自己にたいして本来あるべき自己に戻るよう命じる。このとき超自我は自己にたいして審判者として振る舞う。しかしながら超自我は万能の審判者ではない。超自我は、自己はいかにあるべきかとか、自己はどの方向に進むべきかという問いに答えられないからである。超自我は問いかけはしても、みずから答えを与えることはできない。なぜなら、もし答えがありとしたら、それは個人史のなかにしかないからである。個人史はそれまでの人生のさまざまな体験が積み重ねられて一本の軌跡を描いている。この軌跡はかくあるようにならざるをえなかったという限りで宿命である。自己はいかにあるべきかとか、自己はどの方向に進むべきかという問いにたいする答えは、この個人史の宿命にしか見出だされない。個人史の主人公は自己である。それゆえ超自我ができることといえば、みずから答えを与えることではなく、自己に答えを探すよう命じることである。自己は答えを探し、超自我は自己の声に耳を傾ける。
たとえばある会社に勤めているサラリーマンが、日々会社の業務を遂行するなかで不全感を覚えたとする。その根底にあるのは自己の不一致である。不全感の源を探っていくと、自分の人生について深刻な疑問を抱いていることに気づく。それは、この会社でこのまま一生を終えていいだろうか、それで人生に悔いは残らないだろうかという疑問である。このとき自己は自分自身を超え出て超自我の位置に立ち、見られる自己と相対している。超自我は自己を観察して「おまえは本当にいまの仕事に満足しているか」と尋ねる。それにたいして自己は「いまの仕事にはそれなりに満足している」と無難な返事をかえす。それを受けて超自我は「ならばそれはお前の人生の目的にかなっているか」と聞くと、自己は「自分の人生の目的にかなった仕事であるかどうかはわからない」と答える。超自我はさらに追い打ちをかけて「人生の目的にかなっていると確信できないならば会社をやめるべきだ」と迫る。このような対話を繰り返した末に、超自我は自己に別の道に進めと命令する。ここで超自我が自己にくだす命令は、あくまでも自己との対話にもとづいている。超自我は自己の声に耳を傾け、その判断の指針を自己との対話をとおして自己そのものから汲み出すのである。自己と超自我の対話は、超自我が自己にたいして別の道に進めと命令することで終わることはない。会社をやめて別の道に進む決断や、決断をくだす勇気や、その決断に伴うリスクなどをめぐり、自己と超自我の対話は延々と続く。自己がどの道に進もうと、あるいはさんざん思い悩んだ末に結局もとの道に戻ろうとも、自己と超自我の対話がやむことはない。
日常において人は日々の生活に追われて「人生の目的」や「宿命」と正面から向き合おうとしないのが普通である。なぜならそうしなくても日常生活を営むうえで特に支障はないからである。しかしその場合でも絶えず自己の奥底で自己と超自我が対話して、自己のありかたを点検していることに変わりはない。そして点検の結果なんらかの問題が確認されたら自己のありかたにたいする疑問となって意識に浮上する。そのことを自己に知らせるアラームが不全感である。不全感のアラームが鳴ったとき、それにたいして人が取る道は二つある。そうした疑問を一時の気の迷いとして日常の喧噪でかき消そうとするか、それとも漠然と感じている疑問の正体がなんであるか探ろうとするか。
疑問そのものを打ち消そうとする場合、超自我はこれまでの生活をそのまま継続することに最重点をおく。というのも自己のありかたについての疑問は日々の生活を続けていくうえで邪魔にしかならないからである。このとき超自我は自己にたいして「不必要なことに気を取られて時間を無駄にするな」、「もっと気持ちを引き締めて現在の仕事に打ち込め」、「不満をいだくより現状に満足するように努めろ」などの命令をくだす。自己がそれを受けいれて疑問を消し去ることに成功すれば、自己と向き合っていた超自我はふたたび自己の懐にもどる。しかしそのあとも自己と超自我の対話は自己の奥底で続けられ、疑問も底流でくすぶり続ける。それらはなにかの拍子に前より強い疑念やそれにともなう不安となって頭をもたげる。このときも超自我はそれらをなんとか抑え込もうとする。この局面では超自我は自己にたいして抑圧的に作用し、そのために自己と超自我は葛藤状態に入る。自己と超自我は対立し、両者のあいだに和解は成立しない。その結果自己と超自我が分裂した状態が続く。自己と超自我が抗争している状態が長引けば、自己の不安定化が引き起こされ、それはさまざまな精神的症候となって顕在化する。
疑問を抑えこまずにその正体を探ろうとする場合、超自我は自己の声に耳を傾けて自己の奥底に潜む願望を聞き出そうとする。超自我は自己のありかたについて自己の声に耳を傾け、そこから指針を引き出して自己に指し示す。その意味で超自我は自己に対する横暴な独裁者ではなく、むしろ自己の忠実な代弁者である。
超自我が自己の声に耳を傾けるときに聞こえてくるのは了解の声である。了解の声は自己の表層を超えて自己の奥底から響く。およそ自己が自己のありかたそのものに疑問を抱くということが起りえるのは、自己の奥底で自己と超自我が絶えず対話しているからである。もともと自己とは時々刻々と実現されるべきものであり、その基底では絶えず自己の自問自答がおこなわれている。自己が安定した状態でいられるのも、逆に自己が不安定になるのも、自己の自問自答の結果である。自己の自問自答において自己の不一致が検出されなければ、自己は安定した状態を保つことができる。しかし自己の不一致が確認されたら、それは不全感となって意識の表面に浮上する。反対に自己の一致が確認されたら、それは充実感として感じられる。自己の一致とは、自己がみずからの宿命を自覚し、そこから導かれた人生の目的へと続く軌道に沿って進むことである。軌道の点検をおこなうのは自己であり、この自己点検において自己は二重化されて自己と超自我の関係にはいるのである。
自己と超自我は実質的に別のものではない。超自我はそれ自体が探求する自己であり、弾劾する自己であり、命令する自己である。ここで探求といい、弾劾といい、命令というのは、すべて超自我と自己との交流である。超自我は自己を超え出ながらも絶えず自己と交流している。もともと超自我も自己であるのだから、自己と超自我の交流は自己対話にほかならない。自己と対話をしない自己は存在しない。自己とは本質的に自己との対話である。
*) ここでいう「超自我」は純粋に自我論的な考察から導かれた概念であり、フロイトの精神分析における超自我とは関係ない。フロイトの超自我は幼児期にエディプス・コンプレックスに基づいて形成される自我の区域であって、無意識の領域に割り当てられている。そのうえでフロイトは、無意識の領域で実体化された超自我が、意識の領域に属する自我を倫理的に規制するという仮説に立つ。これにたいして本論における自己と超自我は自我に統括された同一の自己の両側面、すなわち「見る自己」と「見られる自己」である。反省において自己は自己と向き合い、見られる自己と、見る自己としての超自我に展開する。反省は意識的な活動であり、その限りでいずれの自己も全面的に意識の領域に属している。超自我が自己にたいして規制的に作用することがあるとしても、その作用が発揮されるのは「見る自己」と「見られる自己」という意識された自己対話の場面においてである。