あとがき
本論は私の仕事関係のウェブサイト『翻訳家の部屋』に収録されている。原稿そのものは、最初から最後までインターネット上で書き進めた。具体的にいうと、毎朝仕事場に来て翻訳の仕事のかたわら少しずつ書き足したり、すでに書いたものに手を入れたりして、その都度インターネットにアップした。なぜそのような方法を取ったかというと、インターネットは不特定多数に見られることを本質としているからである。もとよりけっして一般向けでないサイトで、何度もクリックしなければ到達できないページを閲覧する者など皆無に等しいだろう。重要なのは、実際に読まれるかどうかではなく、その本質において不特定多数の人間が読む可能性である。
序文にも書いたように、本稿を書き進めるにあたり、哲学的概念の使用を極力控えることを原則とした。それは、哲学的概念を用いることによっていやおうなく伝統的な哲学的思考の枠組みのなかに入り込み、意識的であれ無意識的であれ既存の哲学者の思考に寄りかかるのを避けるためである。借り物の思考ではなく、徹頭徹尾、自分の頭で考え、自分の言葉で語ることを至上命題とした。
同時に、モノローグ的な記述にありがちな論理の飛躍も避けなければならなかった。この類の論理の飛躍は、論証が十分に尽くされていない肝心な部分を、独断的な強引さでみずから納得させるものであり、それはつまるところ自分自身をごまかすことにほかならない。人間について論じるのは、せんじつめれば己の正体を見極めるためである。そうでありながら自分自身をごまかすのは、自己矛盾以外のなにものでもない。このような陥穽におちいらないためには、不断の自己検証が不可欠である。だが、このような自己検証に実効性を持たせようとするなら心構えだけでは不十分で、どうしても他人の視線が欠かせない。この他人の視線こそ不特定多数に見られる可能性にほかならない。それゆえ本論を書き進めるうえで準則としたのは、あくまでも不特定多数に理解できる言葉と、誰にも納得のいく論理で記述することであった。
本論で展開するいくつかの所論は、少なくとも私が知る限り、これまで誰も述べていないものである。しかし、だからといってことさら奇を衒ったり、独創性を追求したりしたということは微塵もない。それはただ、自分自身を含めて「誰にも納得のいく論理」に徹した結果にすぎない。
(2025年4月)