翻訳会社から、他の翻訳者が手がけた翻訳の見直しを頼まれることがある。翻訳者から上がってきた原稿に目を通したらとても顧客には納められないと判断した場合や、顧客に納品したけれど品質が悪くて突き返されたケースがほとんどである。単なる訳抜けや一部の誤訳なら、本人に伝えて手直しさせれば済む。ところが、全体の出来があまりにお粗末で、部分的に手を入れたところでそうにもならないとなると、丸ごとやり直すしかない。かといって、当の本人にやり直させて良くなるはずもないから、別の翻訳者に頼まざるをえないのである。
そういう翻訳は、訳者が原文を理解できていないばかりか、そもそも書かれた文章が日本語の体をなしていない。どれほど翻訳の力が乏しかろうと、日本語を母語とする者なら、自分の書いたものが日本語として読めるかどうかぐらい判断できそうなものだ。内容を全く理解できておらず、日本語は小学生の作文並みというのに、どうして平然と納めることができるのか不思議でならない。もちろん、かく言う私自身、誤訳を免れないことは百も承知だから、他の翻訳者がそれなりの労力を払って訳したものについては、できるだけ寛大であろうと努めている。だが、ここで問題にしている翻訳は、そういうレベルの話ではない。
普通の誤訳とは、たとえば八百屋でリンゴを買ったら、なかに少し虫食いがあったという程度のものだろう。それにひきかえ、ここでいう翻訳（と呼べるような代物ではないが）は、外見も腐っていることが一目瞭然、変色して形も崩れたリンゴを堂々と店先に並べているようなものである。八百屋なら商品にならないから処分して当然のものを、どうして翻訳ならばぬけぬけと出すことができるのか。翻訳とはそれほどいい加減な仕事なのか、翻訳者とはそれほど厚顔な生き物なのだろうか。
（2009年2月1日)