翻訳をやっているとありとあらゆる分野の仕事が舞い込んでくるが、そのなかには広告のカタログやパンフレットもある。この種の翻訳の場合は、情報を正確に伝えるのはもちろんだが、それだけでは足りない。広告が訴えようとしている製品の魅力を伝えることが必要だ。広告の文章を硬い論文口調で訳したら翻訳として失敗である。翻訳は翻訳会社からメーカーや広告代理店に渡り、最終的に読むのは一般のユーザーである。たとえ途中の段階で手が加えられるにしても、最初からユーザーにとって買いたいという気が起きるような文章を作るように心がけるのはプロとして当然である。
まだ駆け出しのころの話。仕事しているあいだ頻繁に電話やファックスを受けるので、日中は仕事場を離れないことを原則にしていた。とはいえ、どうしても日中でかけなければならず、それが昼食時にさしかかることもあった。そんなとき私はマクドナルドに入ることにしていた。特にマックのハンバーガーが好きだったというわけではない。
マクドナルドに入ってカウンターで注文すると、トレイの上に紙を敷き、その上に注文の品をのせて渡される。その紙の裏表にはマクドナルドの商品の広告がびっしり載っている。私はハンバーガーをほおばりながら、それを隅から隅まで読むことにしていた。マクドナルドだから自社の広告には一流のコピーライターを使っているに違いない。そういう人たちが書いたものを読めば、魅力的な広告文の感覚をつかめるのではないかと思ったのである。私はその感覚を頭にすりこもうと、ハンバーガーを食べ終わるまで繰り返し読んだ。
いまならば、客のすいていそうな蕎麦屋でもさがして、しばし仕事の疲れを癒すところだが、当時は私の頭も胃袋に劣らず貪欲だった。
（2008年5月15日)