イギリス２
ヨーロッパでは乗用車で牽引するキャンピングトレーラーを「キャラバン」と呼びます。キャラバンの語源はペルシャ語の「カルワン」からきています。もともと幌馬車に荷物を積んでシルクロードを旅した隊商を意味しています。現代でもトルコのシルクロード沿いにはキャラバンサライという、かつて隊商が休んだ宿の跡が点在しています。
19世紀に入ると馬で引くキャラバンはピクニックや狩猟など、レジャー目的に使われるようになりました。そして1890年から1910年にかけて「ホースキャラバニング」の全盛期を迎えます。
このようなキャラバンで現存する世界最古のものが、イギリスのブリストル市立博物館に展示されています。その名も「ワンダラ－」（放浪者）。神経外科医で冒険作家でもあるゴードン・ステーブルズが1884年に作らせたものです。それまでも馬車をピクニックや旅行などに利用するケースはありましたが、キャンプを目的として注文製作されたキャラバンとしてはワンダラーが最初でした。ステーブルズはこのワンダラーを2頭の馬に引かせてツーリングしました。その距離は合計2000kmにも及びました。ワンダラーで移動するときは、従者が三輪自転車に乗って歩行者に警告を発しながら、平らな道を探して先導しました。御者と番犬は夜キャラバンの下に寝ました。当時個人で旅行するのはたいへん危険だったので、ステーブルズはキャラバンのなかにピストルとサーベルを忍ばせていたと言われています。
ステーブルズは旅行記のなかでキャンプツーリングの楽しみについて次のように書き記しています。
「私はキャラバン旅行で得られる健康と喜びがいかに大きいか確信した。だから私はジェントルマン・ジプシー・クラブを設立することを構想している。」
「ジェントルマン・ジプシー・クラブ」を作るというゴードン・ステーブルズの構想は、1907年に実現しました。女性一人を含む11人が発起人となって、「余暇にキャラバンライフをエンジョイする人々を束ね、快適なキャラバン、その他の用具を改良し、メンバーに機関誌やキャンプ地のリストを提供し、キャンプ場を整備する」ことを目的とした組織を作ることを決議しました。名前は「ザ・キャラバン・クラブ」とし、会長にはベッドフォード公爵、副会長にはゴードン・ステーブルズが就任しました。
発起人の一人で初代事務局長を務めたJ．ハリス・ストーンはキャラバニングを普及させるための方策をあれこれ考え出しては、次々と実行に移しました。キャラバンを持っていない人に貸し出すために、キャラバンを提供してくれるオーナーを募ったのもその一つです。レンタル料はキャラバン自体が週15シリングないし1ポンド、それを引っ張る馬は週12シリングでした。また、ストーンは全国の農場主に土地をキャンプに利用させてくれるように働きかけ、ほどなく1000ピッチ確保したと高らかに宣言しました。
設立から5年後の1912年にはメンバーは267人に増えていましたが、その3分の1は女性でした。彼女たちの存在はマスコミの関心を引き、その発言はキャラバニングのイメージアップに大きく貢献しました。たとえば次のようなアドバイスは女性ならではのものでしょう。
「もしあなたが計画しているキャラバンルートに大きな町が含まれていて、夜のエンターテインメントを楽しむつもりならば、イブニングドレスを忘れてはなりません。ドレスの素材は汚れたり、裂けたりしない丈夫なものをお使いなさい。また、ぬかるみで引きずらないようにスカートの裾は足首までとするように。」
ザ・キャラバン・クラブのロゴマークはホースキャラバニングを象徴する蹄鉄です。1910年当時イギリスには既に自家用車が54000台あったと言われ、キャラバニングに車を利用する人もごくわずかですが既に存在していました。しかしクラブ発足当初、これらの人々はまるで背教者のように見られていました。
1912年、クラブの総会において作家で名誉会長のヘンリー・ライダー・ハガード卿は「1週間かけてするべきことを1日でしようとする連中」を激しく非難しました。そしてメンバーに向かって、「キャラバンを引っ張るのは馬でも牛でもいいが、石油だけは絶対に許せない」と檄を飛ばしました。
1914年に第一次世界大戦が始まると、キャラバンは野戦病院として利用されました。ザ・キャラバン・クラブのメンバーも自分たちのキャラバンを赤十字に提供しました。が、歴史上初めての近代戦で活躍したのは自動車でした。なんといっても自動車は砲弾が飛んできても馬のように驚いて暴れたりしませんから。兵器や食料の運搬に大活躍した自動車は、パワー、スピード、機動力など、すべてにおいて馬にまさることが実証されました。
第一次世界大戦を機に自動車技術は大きく発展しました。自動車の性能は改良され、牽引力が増すにつれてキャンピングトレーラーの数も次第に増えていきました。道路は自動車用に舗装され、車の通行量も増加しました。それらすべてのことが馬にとって致命的な逆境となり、ホースキャラバニングはまたたくまに廃れました。
時代はホースキャラバニングからオートキャンプへ急転回ようとしていました。
（日本オートキャンプ協会メールマガジン「オートキャンプ」2022年8月）