［ＩＩＩ］
ビリー・マイヤーは計算していたのかも知れない。おびただしい数のUFO写真をばらまくことによって世界中の注目を集められることを。騒ぎは大きければ大きいほどいい。UFO研究家に衝撃を与えたUFO写真のなかに、すぐに偽造と見破られる写真を混ぜたのも、実はビリー自身だったのではないか。そのビリーが1981年以降UFO写真を発表するのをぴたりとやめた。それは世界中で自分の言動に注目する人間をすでに十分集めたと踏んだからとも考えられる。UFO写真の真贋論争にそろそろ飽きてきたころ、UFOや宇宙人にかこつけてビリーが語ってきた言葉に注意を向ける人々が現れる。ビリーはそう期待したのではないだろうか。
ビリーが本物の預言者と認める数少ない一人であるイエス･キリストも神の子を自認し、それを信じさせるために幾多の奇跡をやって見せた。それによってまたたくまに信者は増えたが、そのことが既存の宗教勢力の危機感を呼び、みずからの死を早める結果を招いた。キリストの直弟子である十二使徒はイエスが死後復活してから、自分たちの師が神の子であったことを確信して熱狂的な伝道者となり、ほぼ全員が師自身よりも壮絶な殉教を遂げた。
生前のイエスの記憶を持っている十二使徒は、その人となりを民衆に生々しく語ったことだろう。しかしこれら十二使徒の弟子や信者たちの世代になると、もはや直接イエスを知らない。やがて十二使徒が死ぬと、イエスに関する記憶はこの世から消滅し、キリストの事跡は『聖書』のなかに言葉として残されるのみとなった。奇跡というものは所詮それをまのあたりにした者しか信じることができない。やがて奇跡の部分は「神話」として棚上げされ、イエスの口から語られた言葉だけが残った。
ビリー・マイヤーもいつかその生涯を閉じ、中心メンバーが他界したとき、そこに残るのは彼の膨大な著述である。生身のビリーについての記憶が消えうせ、UFOとそれに関連するすべての部分が「神話」となったときに、ビリーがそれらの「神話」を通して語ろうとしたものが浮かび上がるのかもしれない。
ところで、このような神話化の過程を思考のプロセスとして多少なりとも追体験する方法がある。それは「エポケー」（判断停止）である。20世紀ドイツの哲学者フッサールが創始した現象学の方法だ。簡単に言うと、多かれ少なかれ人の思惑が介在するものについてはあえて判断を差し控え、直接目の前にあるものだけを虚心に観察するという態度である。たとえば私は、ビリーが提示した数々のUFO証拠物件がプレアデス星人から手渡されたものだということを即座に信じられないのと同じ程度に、ビリーがそれらを量産するためにハリウッド並みの特撮設備をこの小さい村のどこかに隠し持っていたということも信じられない。そこでこれについての判断はひとまず控える。ビリーの語ることが本当にプレアデス星人がテレパシーでビリーに伝えたものかどうかということも括弧に入れる。こうした手続きのあとに残るのは、インプットがどうであれ最終的にビリーの口から語り出された言葉である。たとえば、
「すべてに勝り、あらゆる存在物の生と死を支配するものは、ただ一つしかありません。それは万物について法則を定めた創造だけです。それらの法則は決して覆せず、永遠に有効です。人間は努力すれば、自然のなかにこれらの法則を認識することができます。これらの法則は人間に生きる道を教え、人生の目的である精神と意識の偉大さを示します。しかし人間が宗教に惑わされ、悪質な邪説に溺れるならば、その意識はますます退化し、最後には底無しの奈落に陥ります。神が創造に代わってその役割を果たしたり、人間の運命を決めたりすることは決してないということを、人間は認識すべきです。神とは単なる支配者であり、しかも同胞を強大な力で支配し、制圧する人間です。神は創造ではなく、創造に依存するあらゆる被造物と同じように、創造の被造物にすぎないのです。」（『プレアデス／プレヤール人とのコンタクト記録』）
「神」や「創造」などという言葉が登場するところを見ると、ビリー・マイヤーは宗教家なのだろうか。そうではあるまい。なぜなら彼はどんな無神論者よりも徹底的に神を否定し、どんな宗教家よりも雄弁に精神的なものの実在を語っているからである。少なくとも、ビリーがなんらかの宗教を創始しようとしているのでないことだけは断言できる。彼が目指しているのはむしろ宗教の超克であろう。宗教を根底から否定して完全に葬り去ったあとに、それでもなお人間は「生きる道」を見いだすことができるのか。その問いに宇宙論的なスケールで答えること、それがビリー・マイヤーのいうミッションではないだろうか。
その日、フライホーフの泊り客は、私のほかにドイツから講演会を聞きにきた一組の夫婦だけだった。1階のレストランは、週末の外食を楽しむ近隣の住人でひとときの賑わいを見せた。部屋の片隅にはビリー・マイヤーのUFO写真集が、誰が見るともなく置かれていた。かつて世界中から訪れたUFO研究家や愛好者、報道機関や野次馬によって平穏を破られた村も、いまは静まり返っている。
ビリー・マイヤー事件は、すでに過去のものとなったのか。あるいは、いつか再燃することがあるのだろうか。それについてはなんとも言えない。ただ確からしいのは、もし再燃するとしたら、それはかつてのようにこの村の平穏を乱すような形ではなく、人々の内面においてだろうということである。
（インターナショナル・ファミリーキャンピングクラブ「ＩＦＣＣ通信」 2008年10～12月）