北京の表玄関、首都国際空港から5km､北京市の中心から20kmの地点に蟹島（シエダウ）という名のリゾート施設がある。約200ヘクタールの広大な敷地に、人工池を取り囲むようにして遊園地、スイミングプール、釣り堀、乗馬、ボート、オフロードコース、レストラン､温泉,ホテルなど各種レジャー施設のほか、会議室や展示ホールなどが整備された総合リゾートである。
蟹島にはもう一つの顔がある。それはエコグリーンリゾート（蟹島緑色生態度暇村）としての側面だ。レジャー施設の背後に広がる広大な土地に有機農場、果樹園、牛・豚・鶏などの畜産施設、蟹や魚の養殖場、食品加工工場、汚水処理施設などを設けて、自給自足的な循環型経済を実現している。たとえば村内のレストランから出る大量の残飯は家畜の飼料となり、家畜の糞尿は穀物や野菜の肥料となり、そうして得られた産物は再びレストランの多彩な食材に供される。各種施設から出る汚水は処理して田畑の灌漑用水として利用したり、あるいは人工池に送って水上レジャーに役立てたりする。蟹島はこの自然の生態系を最大限に活用した独特の経営法で大きな利益をあげていることから、内外の専門家の注目を集めている。
5月の連休に蟹島を訪れ､オーナーの傅秀平（フ・シューピン）氏と会った。中国で初めてのオートキャンプ大会となる第15回FICCアジア・パシフィック大会を蟹島で開催することを最終的に決めるためである。
昨年10月､私は最初に開催地として候補にあがった天津の予定地を視察した。大規模な開発地区に道路だけが整備された完全な更地で、そこに新たにオートキャンプ場を建設するという計画だった。設計図もでき上がって、あとは政府から許可が出るのを待つばかりだった。果たして許可は下りなかったが、その知らせを聞いたとき私は内心安堵した。北京オリンピックの経験から中国の突貫工事の「実力」は十分承知していたものの、たとえキャンプ場が完成しても運営実績がまったくない状態でアジア大会を実施するのはリスクが高いと危ぶんでいたからである。
中国側も方針を変えて、北京に近く、最大2000人のキャンパーを収容できる既存の施設という条件で候補地を探し､白羽の矢を立てられたのが蟹島だった。
傅氏みずから専用カートに同乗して広い構内を案内してくれた。5000人を収容するドイツ風ビヤホール、シンギスカン料理を提供する巨大なモンゴルレストラン、ジェットコースターやメリーゴーランドを配した遊園地、昔の農家を再現した民俗村などを巡ったあと、アジア大会の会場に予定しているエリアに行った。そこにはシャワー、トイレ、冷暖房が完備した真新しいコテージ120棟が整然と立ち並んでいた。その隣の広場には常設のキャラバン（キャンピングトレーラー）を設置する予定で、すでに電源・汚水・温水・冷水からなるフックアップシステムが50か所設けられキャラバンの入荷を待っていた。さらに隣の区域はビジターのキャラバン用に区画され、最大1200台収容できるようになっている。
事務所に戻ると、瀟洒な応接間で図面を見ながら最終の打ち合わせをした。私が矢継ぎばやに出す要望「コテージは120棟すべてキャンパーに開放する」「大会参加者の宿泊区域はクローズして出入り口は1か所のみとし、一般観光客が入れないようにする」「英語・日本・韓国語を話せるボランティア通訳を用意する」「会場と北京市の間に1時間毎に無料のシャトルバスを出す」などに、大実業家の傅氏は当然のことながら誰に相談することもなく、すべて「よろしい」と即答した。
実をいうと私が傅氏と会ったのは今回が初めてではない。今年2月、中国から伊豆のモビリティーパークを視察したいというリクエストが寄せられたが、その視察団のなかに傅氏も含まれていた。現地の案内はモビリティーパークの渡辺義之代表にお願いしたが、この視察をとおして傅氏が成熟したオートキャンプ文化について何らかのイメージを抱いたであろうことは想像に難くない。
中国ではここ数年オートキャンプが力強く胎動し、キャンピングカーの生産や輸入も需要に追いつかない状態が続いている。国内では次々とコーチビルダーが誕生し、欧米の一流メーカーが引きも切らず売り込みにやってくる。フランス・キャンピング＆キャラバニング連盟は36台のモーターキャラバンを編成して6月1日にパリから北京に向けて出発する。
こうした状況下で開催されるアジア・パシフィック大会が、中国における最初のオートキャンプブームの起爆剤となることは間違いない。その爆音は遠く国境を越えて他のアジア諸国にも届くだろう。そこには香港、シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシアなど、オートキャンプが誕生する条件の整った国々が時やおそしと待ちかまえているのである。
（日本オート・キャンプ協会「オートキャンプ」2012年6月）